シャレコワ!〜洒落にならない怖い話〜

掴む[洒落怖]

三年前のちょうど今頃の話。

 

俺は安くて狭いワンルームマンションで暮らしていた。

 

隣は国籍不明の外国人。

 

会社の寮代わりに使われているようで、
住人は時々変わっていたので良く知らない奴だった。

 

反対側は俺より少し若いくらいの若者が引っ越してきたばかりだった。

 

ある休みの日に出かけようとドアを開けると、
隣の若いのも扉を開けて出てきた。

 

偶然じゃなかった。

 

俺に話したい事があると言った。

 

「ここ、変じゃないですか?」

 

「ここって、何処?」

 

「このマンションなんですけど……」

 

意味不明だ。

 

そう思った俺の心が読めたのか、
彼は自分の腕を差し出して話を続けた。

「見てくださいよ」

Tシャツ姿の彼の腕には、まるで誰かが引っかいたような傷があった。

彼は話し続けた。

部屋の中で起こる不思議な出来事を。

物音がしたり、話し声が聞こえたりという、幽霊話の類だ。

俺には霊感などというものは無かったし、
幽霊も信じてはいなかった。

適当にあしらって、出かけたかった。

「気のせいでしょうね。疲れとか環境の変化とか」

「これも見てください」

そう言って彼はジーンズの裾を持ち上げ、足首を見せた。

そこには大男ががっちり掴んだような跡が残っていた。

「掴むんですよ」

「誰が?」

「分かりません。トイレから出ようとした時に、いきなりコレです」

「……?」

「床や壁から腕が生えてきて掴むんです。本当です」

普通は信じないだろう。

俺も信じられなかった。

ただ、精神的に参っている様子で、
その日から彼は友人のアパートに居候を決め込み、
翌月末にマンションを引き払うまで戻って来る事はなかった。

この出来事を切っ掛けに色々考えてみると、
確かに不思議な体験をしていることを思い出した。

夜中に誰かに揺り起こされたり、
深夜の廊下を子供らしき足音が喚声を上げならが走り回っていたり。

その時は夢や幻覚の仕業と片付け、気に留めてはいなかったのだが。

そんな俺も結局は、あのマンションを出た。

理由は掴まれたからだ。

あの日、夜中に目が覚めた。

眠れそうになかったので、
翌日の仕事の準備でもしようと起き出して、
テーブルに書類を広げた。

小一時間経ったころ、
トイレに行こうと狭い廊下を歩いていた俺は、
誰かに声を掛けられた。

「ねえ……」

びくっとして動けなくなった俺の背後から、青白いくて細い手が、
すーと伸びてきて肩を掴んだ。

それは、ほんの数秒で消えた。

あれは幻覚だったと思いたいが、
時々ふと掴まれた肩の感触を思い出す。